エキスパート・コラム

数値指標の数学的限界 ― なぜ、それでも指標は使われるのか

数値指標の数学的限界 ― なぜ、それでも指標は使われるのか

ハローワールド! データサイエンス VTuber のアイシア=ソリッドです。

この連載では、この大 AI 時代、AI 活用・開発において重要な考え方・知識をお届けしていくよ!

第4回のテーマは、数値指標の限界について、数学的観点から迫りつつ、なぜそれでも使われるのかを考えようと思います!

データサイエンス VTuber アイシア=ソリッド

本記事の執筆者

アイシア=ソリッド(杉山 聡)AIcia Solid

データサイエンスVTuber

  • 一般社団法人データサイエンティスト協会 スキル定義委員(データサイエンティストのスキル定義および検定プログラムの策定に従事)
  • 大阪大学 D3センター 招へい研究員
  • 慶應義塾大学 総合政策学部 島津明人研究室 上席所員(SFC上席所員)
  • 株式会社アトラエ シニアデータサイエンティスト

学位:東京大学大学院数理科学研究科 博士課程修了。博士(数理科学)

受賞歴:第35回世界コンピュータ将棋選手権 優勝・独創賞特別賞(水匠チーム)

著書:『妥協しないデータ分析のための 微積分+線形代数入門』(2024年、ソシム)/『本質を捉えたデータ分析のための分析モデル入門』(2022年、ソシム)

TL;DR

  • 数値の大小判定は、万人が合意可能である
  • 数値指標は、ものごとの良し悪しを数値の大小で判断する道具である
  • よって、万人が合意可能な判断以外に数値指標を用いると、その判断は問題をはらむ
  • 「万人が合意可能な判断」などほぼ存在しないので、数値指標の利用には常に問題がつきまとう
  • ホワイトカラーの仕事のほぼすべてが合意形成を含む。数値指標を用いる合意形成はコストが低い一方、それ以外の方法は極めてコストが高い。これが、数値指標が多用される理由である
  • 数値指標は、真実を映す鏡ではなく、合意形成のための妥協の産物である

実数の性質と数値指標の限界

実数の性質と数値指標の限界

「数値指標には限界がある。」これはもう、あらゆるところで言い尽くされている事実でしょう。

実は、この背景には、実数の性質が強く関わっています。

いきなりですが、実数には次の性質があります。

実数の大小関係

2つの実数 a, b について、

  • a > b
  • a = b
  • a < b

のいずれかが成り立つ。

そして、この判断は万人が合意可能である。

前半は当たり前のことですね。2つの数値があれば、等しいか、どっちかが大きいか、そのいずれかです。

今日のテーマにおいては、後半が極めて重要です。数値に関しては、2つの数値のどちらが大きいか、その判断を万人で合意できるという、極めて強い性質があるのです。だって、2と3を比べたら、みんな、3が大きいと言いますからね。

これもまた当たり前すぎて今まで意識したことはないかもしれませんが、この強力な性質が、実用上問題を生むことがあります。

さて、今日のテーマの数値指標は、物事の良し悪しを判断するため、数値の大小比較を利用する技術です。

難しく言いましたが、具体例で言えば、「売上の多いチームが良い」とか「レスポンスタイムが短い API が良い」とか、良さの判断に数値を用いることです。この「売上」や「レスポンスタイム」が数値指標の例です。

しかし、ここで早くも問題が生じます。

数値指標は、ものごとの良し悪しを判断するために数値の大小比較を用いる方法です。そして、数値の大小比較は万人が合意可能です。

そのため、万人が合意可能でないテーマに数値指標を用いると、その判断は原理的に問題をはらみます。

なぜならば、本来は合意可能でない価値判断を、合意可能な数値の大小比較に置き換えているため、その置き換えによるズレが避けられないからです。

これが、数値指標の数学的限界です。

これは、モデルの精度や誤差の有無などとは独立に成立する論点です。仮に、完璧なモデルと誤差のないデータを用いたとしても、数値指標を計算して大小を見た瞬間、その大小判断自体は万人が合意可能になります。

しかし、その大小をもって「どちらが良いか」を判断するなら、そこには価値判断から数値比較への置き換えが発生します。

このように、現実の制約よりもっと原理的なところで、数値の大小判断を良し悪しの判断に用いることには限界があるのです。

数値指標の限界の例

高くて速い PC と、安くて遅い PC、このどちらが良いかを考えてみましょう。

人によって、高くてもいいから速い PC が欲しい人と、遅くてもいいから安い PC が欲しい人がいます。そのため、このような2人では、良し悪しの判断が一致しません。

ここで、仮に数値指標をつくったとしましょう(たとえば、「速さ/値段」など)。これを高くて速い PC と安くて遅い PC に対して計算してみれば、どちらが良いか決めることができます。

しかし、実際には問題はそう単純ではなく、場面によって良い PC というのは異なってくるはずです。つまり、数値指標の大小と実際の良し悪しが一致しない局面が必ず存在してしまうということです。

一般に、数学の世界では、現実世界との接続をいったん切り離し、記号や論理の世界で扱える形に問題を単純化します。これは数学の強さであると同時に、一種の逃げでもあります。

だからこそ、数学は深くて難しくて面白い対象を扱える一方で、現実の良し悪し判断そのものには踏み込めません。良い PC の選定も、そういう意味では数学よりずっと複雑です。その複雑な判断を、数値の大小比較という合意可能な形式に置き換えるところに、数値指標の限界があるのです。

数値指標が使われる理由 ― 合意形成

数値指標が使われる理由 ― 合意形成

それでもなお数値指標が判断に多用されるのはなぜなのでしょうか?

それは、人類の活動において、合意形成が重要すぎる、かつ、困難すぎるからです。

ホワイトカラーの仕事は、ほぼすべて合意形成のためにあると言っても過言ではないでしょう。なぜならば、1人でやる場合を除いては、意思決定には必ず合意形成がセットになるからです。

これについて話し出すと長くなるので今回は割愛しますが、データ分析の結果を組織や事業の変化につなげるにしても、書いたコードを本番反映するにしても、「結局すべての仕事は合意形成」って言われたら、心に沁み入るなにかがあるのではないでしょうか。

この合意形成、実は、数値指標を使わないとなると、極めてコストが高くつきます。

数値指標を使わない、または、使えないタイプのテーマにおいて合意形成をしようと思うと、多くの場合、たくさん調査し、多くの議論を重ね、もうこれ以上ないというところまでやり抜いた先に、半ば諦めと疲労の産物として、やっと生じるものが合意ではないでしょうか。

一方、数値指標を使う場合は、極めて簡単に済みます。使う数値指標を事前に決め(※)、その値を計算し、大小を比較する。それだけです。

(※ これも一つの合意形成なので、ここで揉めることもありますよね。そしてここで揉めると、、、極めてコストの高い合意形成プロセスを経る必要があるのは、皆さんの経験のとおりです。)

数値指標を用いた合意形成の強力さを最も感じられるのは、選挙でしょう。選挙では、票を数え、あらかじめ定めたルールに従って計算した数値を元に、議員などを選出しています。

選挙においては、数値指標を用いない合意形成は、不可能と言っていいでしょう。

一方、事前に計算方法を定め、それに従って選挙を行うことは、実際にずっと実現してきています。

選挙が示すもの

特に選挙の場合、内容には合意が取れなくとも、決定には合意が取れるという、数値指標を用いた合意形成の強力さが垣間見られます。

数値指標を用いる合意形成がいかに強力か、そして、万能ではないことも含め、よく分かるのではないでしょうか。

まとめ

本記事の要約は以下のとおりです。

  • 数値の大小判定は、万人が合意可能である
  • 数値指標は、ものごとの良し悪しを数値の大小で判断する道具である
  • よって、万人が合意可能な判断以外に数値指標を用いると、その判断は問題をはらむ
  • 「万人が合意可能な判断」などほぼ存在しないので、数値指標の利用には常に問題がつきまとう
  • ホワイトカラーの仕事のほぼすべてが合意形成を含む。数値指標を用いる合意形成はコストが低い一方、それ以外の方法は極めてコストが高い。これが、数値指標が多用される理由である
  • 数値指標は、真実を映す鏡ではなく、合意形成のための妥協の産物である

数学の「万人が合意可能」という性質は、20世紀における数学の基礎固めを通して完成した、非常に強力なものです。

だからあらゆる困難が単純化されるのですが、単純化が強力すぎて、様々な問題も生んできました。

あまり知られていない観点だと思いますが、ここで皆さんと共有できればそれはとても良かったなと思います!

以上。データサイエンス VTuber の、アイシア=ソリッドでした!

次回もお楽しみに!

AI drops 編集部より:

数値指標の「その先」で、ビジネスを動かす挑戦をしませんか?

数値指標が「合意形成のための妥協の産物」であるならば、データサイエンティストの本質的な価値は、高度な分析モデルを回すことだけでなく、その指標の限界を理解した上で「いかにして組織の意思決定を前に進めるか」にあります。

BIGDATA NAVIでは、分析の実装にとどまらず、ビジネスモデルの設計や意思決定の合意形成から深くコミットできる、月額100万円を超えるハイエンドなAI・データサイエンス案件を多数保有しています。あなたの視座を正当に評価し、ビジネスの核心で腕を振るえる環境をご紹介できます。まずは一度、当社の無料サポートをご活用ください。

BIGDATA NAVIでフリーランス案件を探す エージェントに無料相談する

関連記事Related Posts